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ファクトリーサイエンティストな人 第13回:FS協会 理事 西垣淳子

2024年07月29日

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「ファクトリーサイエンティストな人」は、ファクトリーサイエンティスト協会(以下FS協会)の創設メンバーや理事・講師・TAをはじめとするFS協会に関わる人々を紹介するコーナーです。「ファクトリーサイエンティスト」って何?どんな人が関わっているの?という疑問や、それぞれのメンバーが「ファクトリーサイエンティスト」に込めた想いをお伝えしていきます。

第13回はファクトリーサイエンティスト協会理事で、経済産業省 中小企業政策統括調整官 DX EBPM担当(前石川県副知事)の西垣淳子氏です。

写真:西垣氏(石川県 副知事時代の2024年6月取材、オンライン取材中の副知事室にて)

(広報:西野)最初に、西垣さんがFS協会の活動に参画されたきかっけを教えてください。

(西垣)
製造業のデジタル化支援、IoT化支援を行ってきた私自身には、「IT系のベンダーさんが提供するソリューションと製造業現場の悩みがあまり一致していない」という課題がありました。

もう少し詳しく説明すると、大企業は高価なソリューションを購入し、現場でどんどん構築・改善し、現場のニーズに応じた運用をする余力があります。一方、中小企業の場合、ベンダーが提供するソリューションモデルの導入を判断するにも価値がわからないし、価格も高すぎて導入が難しいのが現状です。仮に導入したとしても、自社で改善できず、使い勝手も悪く、現場の課題解決に繋がらない無用の長物になっているケースが多々あります。

これはロボットについても同様で、「現場にとって何を解決したいのか」と
「市場で何を解決したいか」を合致させることは中小企業では非常に難しいのです。このような課題を私は常に抱えていました。

そんな中、協会理事の長島氏よりファクトリーサイエンティストの考え方について話を伺う機会がありました。「現場で課題を持っている人が、自らデータを使うことで自分の課題を解決できる能力を高めていこう」という考え方に強く共感しました。これをぜひ一緒に実現したいと思い、理事になったのです。

(西野)中小企業の課題を西垣さんのように現実感を持って感じられる方は少ないと思います。

(西垣)
私の場合、経済産業省で製造業のデジタル化に関わる仕事をしている時、相手は主に大企業の方々でした。デジタルトランスフォーメーション(DX)の)方向性は非常に腑におちて、積極的に推進していました。
しかし、その後、中小企業庁で、中小企業の製造業に携わるようになると、現場にはデジタル化の前に解決すべき課題が多数存在していることに気づきました。それを解決すためのソリューションもほとんど存在しないのです。

ファクトリーサイエンティスト協会の理事に就任したのは2021年。特許庁で審査部長、中小企業の知財戦略官を担当していた頃です。当時、中小企業の製造業の現場を訪れ、知財戦略を一緒に考える取り組みをしていました。

現場の解決の手法を知財戦略の視点から見ると、データは持っているだけでは知財にならないが、データの活用手法をうまく生み出すと特許の種になります。現場の課題をデータで捉えると、実は様々なことに対応できるのです。

現場や経営者の方々とファクトリーサイエンティスト的な考え方について意見交換を模索しました。

その後、2022年に副知事として石川県庁に異動しました。
石川県はものづくり中小企業が数多く集積しています。お伝えしたとおり、私自身は現場が好きなのでさまざまな中小規模の企業に顔を出していました。そうすると、知財も、ファクトリーサイエンティスト的な要素も、色々やれることがたくさん見えてきました。

副知事の業務というよりは、副知事であり商工労働部の担当として、「ものづくりが強い企業が集積している石川県がもっと生産性を向上し、強くなってほしい。ファクトリーサイエンティストが加わることでその企業の課題、生産性をあげられるのではないか」と考え取り組んでいました。

(西野)石川県では、CDO(Chief DX Officer)を務められていました。ファクトリーサイエンティスト的な取り組みとの関係性はありますか?

(西垣)
正直、CDOとはあまり関係ないですね(笑)。
CDO(最高デジタル責任者)を拝命したのは2022年10月で、石川で製造業の現場を周り始めたのは着任早々の7月です。 CDOの仕事は、製造業というより大手も含めた様々な組織、特に行政のDXです。データ活用をして政策を立案する方なので、ファクトリーサイエンティストとはあまり関係ありません。

CDOとして考えることは、DX全体のデザイニングです。組織の中でデータ共有により新しい価値を生み出しながら、ユーザー視点でさまざまな課題を解決することです。上流から流れを見て、分断されている業務をどう一貫性を持たせるとよいかを考え、さまざまな業務をフラット化することです。個別の最適性を求めるのではなく、全体最適に向けて情報を共有させる。組織の改革、組織の意思決定の過程をも変える、まさに改革です。

ファクトリーサイエンティストの世界はどちらかというと、上流ではなく現場の下流からの課題解決です。現場というのはその組織の中の小さな改善に見えるますが、小さな積み重ねの結果、全体最適になるというのがファクトリーサイエンティスト的な考え方だと思います。

組織改革まで実行できるパワーがない経営者が多くいます。そんな中で、現場の困りごとを解決していくと、デジタルの力を活用した世界が生まれます。ファクトリーサイエンティストを応援しているのはそのためです。

代表理事の大坪さんとも以前お話しましたが、CDOとして個別の現場の世界に対する理解は必要です。現場と話しながらアナログでやっていることを理解した上で、組織の全体のアーキテクチャを作る。
現場の視点と全体の視点の組み合わせをどう考えるか。この知見が自身に蓄積されています。このことがファクトリーサイエンティスト協会の理事として価値を増す理由だと捉えています。

(西野) CDOとファクトリーサイエンティストとの接点が見えてきました。

(西垣)
ファクトリーサイエンティストが現場にいることで、効率性が改善します。そのことを深く理解されているのが協賛企業のヤマザキマザックさんですね。同社は大企業ですが、多数の社員がFSの育成講座を受講されている。大企業の場合、一人だけ講習を受けても組織に与える影響が小さいですが、マザックさん自身、ファクトリーサイエンティストがいることで生産性が向上することの価値を理解しています。

もう少し具体的にいうと、同社の機械を売る相手は中小企業です。その機械が提供できるソリューションの価値を理解してもらうためには、ファクトリーサイエンティストをもっと現場に増やしたいという意図があると思います。

(西野)ファクトリーサイエンティスト協会の魅力とは何でしょうか?

(西垣)
協会にはいろいろな人がいることで、さまざまなアイデアがぶつかることです。
ダイバーシティーの価値を感じています。

同一な社会では、なんとなくお互いの話すことが理解できますが、言葉の定義もいい加減になりがちです。第三者に説明する必要がないのです。
ファクトリーサイエンティスト協会の理事も多様な集まりで、代表理事の大坪さんが話す世界観の言葉を理解できる人ばかりではなく、難しい技術の世界を「猫語」で話す人もいます。

それぞれ異なりますが、共通していることは、皆が同じ方向を目指していることです。ゴールは一緒ですが、そこに向かう過程が異なる人たちが集まっている。ファクトリーサイエンティストは、ある種のコミュニティの中にいろいろな可能性を包含できる、非常に楽しい場所だと思います。

(西野)ファクトリーサイエンティスト協会は同じ方向を向いている?

(西垣)
組織にありがちなこととして、KGI(Key Goal Indicator、経営目標達成指標)というゴールがなく、KPI(Key Performance Indicator、経営業績評価指標)だけを見ていることが挙げられます。

例えば、ファクトリーサイエンティスト協会では、講座を何回開催し、受講生を何人にするかを定めるのがKPIに当たります。何のために150人にファクトリーサイエンティストになってもらいたいのかがKGIです。ファクトリーサイエンティストが育った企業で、その後どんな活躍をしているのか、それによりその企業が成長できたか_がFS協会にとってのKGIではないでしょうか。KGIがなくては、KPIを何のためにやっているのかがわからなくなります。

ファクトリーサイエンティスト何万人を達成することよりも、FSが現場で働いている企業がちゃんと伸びていることの方が重要です。
KPIを満たさなくてもいいというのは言い過ぎですが、「今まで受講した1,000人が1,000の企業をどう変えてきたか」がKGIです。KPIの呪縛に囚われず、その先にある、KGIを目指すべきだと思います。

最初の質問に戻ると、「なぜファクトリーサイエンティストに参画したのか」。これに対するそれぞれの理事の答えは、これまでの過去の記事を通しで読むとおそらく一致していると思います。最終ゴールに向けて確実に進んでいる。ゴールさえ同じ方向を向いていれば問題ないのです。ゴールを共有できることが、ある種の集団を維持していく上でとても大切です。

(西野)最近、DX講座が増えていると感じます。FSの講座の魅力、他の講座との違いは何でしょうか?

(西垣)
なぜ私たちファクトリーサイエンティスト協会の理事がFSを育てたいと思ったのか。
日本の中小企業には強い技術力があり、成長してきた企業が多いですね。技術力のある人が一貫して社長を務め、例えば、磨きや削りの技術などが抜きん出ています。
その一方で、コストカットや納期短縮が得意分野であることは少ないかもしれません。こうした課題は現場から出てきます。

自分たちの業務を改善したい。働き方改革の点でも、若者は現場のつらさで辞めている。職場環境の改善も大事です。現場ごとに悩みや課題が違うんですよね。そうした悩みや課題に対して、全てのソリューションを開発することは誰もできません。

それならば、現場の悩みに応じて自分で開発できる人を各工場に育てればいいのだと思います。「ファクトリーサイエンティスト」はものすごくシンプルな考えに根ざしていると思います。

もちろん、他の団体や企業が提供する研修について全て知っているわけではありません。しかし、一般的なIT研修やDX研修は「こういうことをやればうまくいきますよ」という事例を紹介することが多いです。これはベストプラクティスの横展開です。
横展開は、企業の課題が同じであれば高価的ですが、課題が異なれば、それぞれが課題を解決するという発想を持つのはとても大切です。

ファクトリーサイエンティストは現場を育てます。その点がファクトリーサイエンティスト協会の講座と他との大きな違いだと思います。

現場の課題はとてもミクロな世界です。現場の課題は多様であり、現場の課題を一律に教える講座というのは、嘘でしかないと思います。ベストプラクティスを学べることはあっても、すべての課題に応える講座は存在しません。

「あなたの課題は何ですか?それをどういうふうに解決できるかな?」という手法を教えてくれるのがファクトリーサイエンティスト講座です。他の講座とは全く違います。

ファクトリーサイエンティストの講座では、自分で考える力を学ぶことができます。座学で教えられて満足するのでなく、自分で解決する力を養います。
考える力をつけるだけでなく、それを実行できる手法を教えてくれる。その合わせ技ですよ。まさにリスキリングです。このようなファクトリーサイエンティストの講座としての価値をうまく発揮できるといいですよね。

(西野)最後に、FS育成講座をどのような方に勧めたいですか?

(西垣)
工場の現場で一生懸命頑張っているすべての人に受けてもらいたいですね。若い方だけでなく、ベテランの方にもです。
ベテランの方が苦労していることや、「今時の若い人はこれができないからダメだ」と思っていることをデジタルの力を使い、できるようにする。例えば、ベテランの方が自分の勘所と思っていたところもデータで証明できるとかね。

以前のIoTの例ですが、実際に原発での話を聞いたことがあるのですが、原発の施設で、ベテランの方が「なんだかこの擬音が違う」と気づいていたのですが、人の力でなければと認知できない音だと思っていました。ですが、設備の色々なところにセンサーを貼り付けたら、その人の言っている違和感をセンサーが発見してくれました。それだけではなく、その人が気づかなかった異常もデータで発見し、彼はIoTの価値を理解してくれたそうです。

長年の経験と勘によるものづくりから、データ化して見える化し、データの力を使うことで可能なものづくりも生まれています。ベテランの方にもっと関わってもらうことが増えると良いかもしれません。

取材担当西野の一言

今回の取材は6月に行われました。石川県副知事でいらした西垣さんと、副知事室を繋いでのオンラインでの対話でした。まるで目の前にいるかのように西垣さんは爽やかに登場し、気さくに、そしてとても分かりやすく丁寧にお話し下さいました。

さまざまな現場に足を運ぶことが好きだという西垣さん。大企業と中小企業の双方を明確に理解する方は少ない中で、中小企業にとってファクトリーサイエンティストがなぜ必要なのかを明確に言語化していただきました。7月に経済産業省に戻られてからも引き続き当協会の理事を継続してくださることになり、とても嬉しく思っています。